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(2008年9月10日)
北京五輪後の中国社会経済はどうなるのか。単に経済成長の問題だけでなく、社会の安定という観点からすれば、農村の問題と都市下層労働者(基層工人)の問題が、もっとも重要な課題の一つであるといえよう。 農村では、農民の社会生活、経済利益がなおざりにされているという意識から、基層の執政に対する不満が高じ、群集性の事件が頻発しているということがある。 例えば、6月下旬に貴州省瓮安県で一人の女子学生の死因の鑑定結果に対する不満から、群集と政府部門との間で大規模な衝突があったことは記憶に新しい。当該県は、鉱山物資源が豊富な地方であるが、農民の土地占有費問題、農民の強制移転や住宅の強制撤去、鉱物資源の開発権をめぐるトラブルなど各種の社会経済の矛盾が生じ、農民の地元政府に対する不信感が高まっていた。こうした中で農民と政府部門や公安との間で小さな衝突が繰り返されていたが、女子学生の死をきっかけに大規模な群集性事件が勃発した。農民の権利確保や利益追求に対する要求が、地方政府幹部によって冷淡に扱われ、長期にわたって無視され、さらには権力、警察権の乱用によって取り締まられてきたことへの不満が引き起こした事件であると考えられている(半月談 2008年8月13日、新華社ニュース http://news.xinhuanet.com/legal/2008-08/13/content_9244138.htm)。 都市下層労働者の問題ということでは、賃上げなど労働待遇の改善を求めての大規模ストライキなどが頻発しているということがある。 筆者は、9月3日から5日の間、天津市において濱海新区や経済技術開発区の日系企業、内資企業を訪問した。このとき企業経営者から得られた情報として、最近になって労働争議、とりわけ集団のストライキが以前よりも多くなっているという指摘があった。直接的には賃上げを求めるストライキが多いが、実際にはそれだけが問題ではなく、下層労働者(農民工を含む。)のさまざまな待遇に対する不満が賃上げストというかたちで顕在化し、かつ行動が過激化している。1社でストが発生するとこれが周辺の企業にも連鎖していく現象も多く見られる。 北京オリンピックの会期中には、豊台区の世界公園、海淀区の紫竹院公園および朝陽区の日壇公園の3ヶ所においてデモをすることを認めるとしていたが、デモ申請は1件も許可されなかった。中国には、「集会デモ示威法」(1989年施行)があり、同法により(1)憲法の基本原則に反対する、(2)国の統一、主権および領土の統一に危害を加える、(3)民族の分裂を煽動する、(4)公共の安全に危害を加えるか、または社会秩序を重大に破壊する、4つの類型に該当する集会デモは許可しないとしている。しかし、オリンピック会期中に申請または申請しようとしたデモは、伝えられるところによれば、住民の移転問題など日常生活を維持する上での切実な問題であったようである。 中国十七大報告(2007年10月の中国共産党第17回全国代表大会)によれば、為政者は、民主を拡大し、農民や下層労働者が国の担い手であるということを認識する必要があると言っていたのではなかっただろうか。農村の問題と都市下層労働者の問題を解決するためには、政府部門は自己に不利な情報はまず秘匿するのではなく、むしろ情報を公開し、農民や下層労働者の知る権利を確保し、また彼らが自らの要求や考えを発信する権利を確保する必要があるのではないか。
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