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LastupDate:2008/5/14
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コラム『チャイナウォール』−中国人の法意識−

 第113回 労働者の権利に厚く
――身分詐称の労働者への保険支払いを認める初の判決

(2008年5月14日)

  身分を詐称して他人名義で就労し、社会保険を付保していた労働者が、作業中に大怪我をし、他人名義で保険の支払いを請求したところ、身分詐称の付保手続は無効であるとしてこの支払請求を拒否する社会保険基金管理センターとの間の生じた訴訟事件について、このほど過去の判例に反して、初めてこの労働者の請求を認める判決が深圳市中級人民法院で言い渡された(中国労働仲裁網http://www.chinalabor.cc/Article/12903.html)。そこで、この事件の概要を紹介し、この意義について考える。

  1)2004年3月にまだ17歳のXは、18歳の他人Zの身分証明書を借りて、Y工場と労働契約を交わし、当該工場で働き始めた。Yは、Xが身分を詐称して働いていることは知らずZとして採用し、Zの名義で深圳市社会保険基金管理センター(以下、「社保センター」という。)に傷病保険を付保した。
  2005年4月、Xは労働中に右手を機械にはさみ、手首を切断するという事故が発生し、この治療には5万元がかかった。Yは、Zの名義で保険を申請したが、保険の支払い手続の過程でXがZの身分を詐称していたことが判明した。
  そこで、社保センターは保険の支払いを拒否した。社保センターの主張は、Xは傷病保険の付保手続はしておらず、YはZの名義で傷病保険手続を行ったものであり、Zの身分を詐称して行った保険付保は無効であるというものであった。そこで、Xは社保センターを相手取って深圳福田区法院に訴えを提起した。

  2)深圳福田区法院は、2006年末にX勝訴の判決を言い渡した。しかし、社保センターはこれを不服として、深圳市中級人民法院に上訴した。この上訴審判決が2008年4月に言い渡された。
  深圳市中級人民法院は、以下のとおり認定した。
  Xは身分を偽って就労したが、XとYとの間には、一方が労働を提供し、もう一方がこの労働に対する対価を支払うという事実上の労働関係が客観的に存在している。YはZの名義で傷病保険を付保しているが、実質的にはXのために傷病保険手続を行ったものであるといえる。従って、Xと社保センターとの間にも傷病保険に関する取り決めが交わされているものと認定するのが当然である。なお、本件に関して、YはXが身分を詐称していたことについては善意・無過失であり、社保センターを騙す意図もなかった。
  深圳市中級人民法院は、以上のとおりであるので、社保センターの訴えを棄却すると言い渡したものである。そして、これがX勝訴の終局判決となった。 

  3)さて、中国、とりわけ労働集約型産業が集積し、農村出稼ぎ労働者が多く存在する広東省では、未成年労働者などが他人の身分を偽って工場で就労しているという事実が少なくない。この場合、上記と同様の訴訟事件も少なくなかったが、過去においてはいずれも労働者が敗訴していた。
  本件は、初めて労働者が勝訴した判決であり、今後の同様事件のメルクマールになるという重要な意味がある判決になりそうである。
  社保センターは、「事実上の労働関係」という概念は認められず、他人の身分を詐称して傷病保険などが付保できるようになるとすれば、使用者がこのことを悪用して保険を付保し、事故が起こったときに保険金を騙し取るような事件が発生しかねず、社会保険制度が危険にさらされることになると判決に対して異議を唱えている。
  確かに社保センターの主張するような懸念がないとはいえない。それでもなお、法院が過去の判例を覆して労働者を勝訴させた。このことは、最近の中国(立法・司法機関、中国人大衆の意識も含めて)が労働者の権利を厚く保護しようという意識にあることを示しているものと考えられる。


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