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(2009年1月28日)
2008年のはじめに同年のキーワードは「民権」であると述べた。2009年も引き続き、または2008年にもまして「民権」が重要なキーワードになる。 最高人民法院は、そのホームページのトップに2008年までは「公正、正義、効率」を基本的理念として書いていたが、2009年からこれが「党的事業至上(党の事業至上)、人民利益至上、憲法法律至上」に変わり、一列に並列して置かれている(最高人民法院のHPは次のとおり。http://www.court.gov.cn)。 ここで「人民の利益至上」という言葉が中心にすえられていることに注目したい。この概念は、どういうことなのか。 2008年11月に重慶市で発生したタクシー運転手のストライキは、まだ記憶に新しい(本コラム第126回、2008年11月26日参照)。筆者は、この事件をチャイナ・デイリー(China Daily)ではじめに読んだが、新華社通信の中国語による速報は、「罷工」と伝えたそうである(朝日新聞 2008年12月18日)。「罷工」という言葉はストライキの中国語訳である。「罷工」は、社会主義国にあっては経営者と労働者という階級が存在しないところ、ありえる争議ではなく、従って中国においてはこの言葉の使用は社会不安を助長することになるということで、中国政府によって2004年に使用禁止になっていた。新華社は、速報の翌日からは「罷運」(運送をやめる)という言葉に改めたそうであるが、一部のタクシー運転手によるストではなく、全市に及ぶストに思わず「罷工」という言葉を使用してしまったのだろうか。 労働争議などを中心に集団抗議行動が増えている。犯罪事件も組織化されたものが増えている(China Daily 2008年12月22日)。2009年にはさらにこのような「群集事件」が増えるだろうと予測されている。 東部沿海都市と中西部内陸農村の所得格差の問題がクローズアップされているが、今日の世界同時不況の中で、南北問題も深刻になってきている。南北問題とは、広東省など南の地区の経済は、外資に対する依存度、輸出に対する依存度が高く、従って西側諸国の経済の影響を甚大に受ける構造になっているということである。玩具、家具、靴、服装といった産業が広東省には集積しており、これら産業が最も大きな打撃を受けた。ここで働く従業員の多くは、内陸農村からの出稼工であり、閉鎖した工場が彼らに給与を支払わないという問題もあり、大きな抗議行動が起こっている。これまでの給与を手にできないまま、失業して、春節に農村に帰る出稼工が広州駅などには溢れかえっている。 そこで民生部と財政部は、都市と農村の困窮大衆(世帯収入が、最低生活水準に満たない世帯で、例えば北京の場合には390元、内モンゴルの場合には227元に満たない所得層などをいう。)に一時的な生活補助として1人あたり100元から180元を支給する決定をした(http://www.gov.cn/gzdt/2009-01/09/content_1200752.htm)。最低生活水準に満たない対象者は、全国で7400万人にのぼる。 全国各地で多発するデモ・抗議行動について、湖南省の張春賢・党委書記は、「還権於民」(大衆に権力を返す)というスローガンを提唱し、民衆の発言権や行政への監督権などの重要性を説いた(日本経済新聞 2008年12月1日)。 広義の人権を確保する法整備の重要性もますます増すことになる。また、一般市民が行政機関などを訴えることも増えつつある。このとき、司法が人民の利益を第一に考えて判断を下すことにも期待したい。
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