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(2016年6月13日)
2016年5月26日に上海市浦東新区人民法院において、上海漢涛信息諮詢有限公司(原告:X)が北京百度網訊科技有限公司及び上海傑図軟件技術有限公司(被告:Y)を不正競争で訴えた裁判の判決が下された。係争内容は、Xが作成し、自社のネット上で公開していた地図が、Yにより勝手に複製、使用されていたことから、XがYの行為を商業道徳及び信義則に反し、不正競争を構成するとして損害賠償を求めていたものである。判決は、Yに323万元の損害賠償を命じた。 市場経済下における過度な競争が原因であるのか、商業道徳及び信義則が欠如したビジネスが行われ、枚挙しきれないほど多くの紛争が生じている。 胡玉鴻・蘇州大学王健法学院院長は、現代社会で忠誠を核心とする伝統的美徳が著しく蝕まれていると言う(法制日報 2016年5月25日)。忠誠を核心とする伝統的美徳とは、人々の組織、団体、家庭に対する同体意識、帰属意識及び責任感であり、また、職務及び法律に忠誠であるということを言う。この伝統的美徳が、市場経済下で従来の固定的生存環境が流動的生存環境になり、自主性が促された結果、帰属意識が希薄になり、責任感を消失させた。胡院長は、人々は、忠誠とは、政治的な要請であり、為政者、国家、君主に対する政治的義務を強調するものであると誤った意識を持つようになったのではないかと言う。 そうであるので、胡院長は、忠誠義務を法律によって規定するのがいいと主張する。忠誠義務の類型として、(1)公民の国家に対する忠誠義務、(2)公務員の忠誠義務、(3)私法信託関係の忠誠義務、(4)家族間の忠誠義務がある。 さて、ここまで来ると筆者には違和感が生じる。(1)公民の国家に対する忠誠義務と言う言い振りは、およそ国民主権ではない。基本的人権、個人の尊重が立憲主義国家の基本原理であるが、やはり中国は国の主体は中国共産党であり、これに勝る存在はないということを言っているようだ。(2)公務員の忠誠義務は、客体が明示されていないが、国=共産党に対して忠誠であれということが第一で、公民に対してということではなさそうだ。忠誠義務を如何なる方の中でどのように法制化、規律しようというのか不安になる。 中国民法第4条には、民事活動における誠実信用の原則が規定されている。日本の信義誠実の原則(信義則)ということになるが、この原則が機能していないことが問題であり、忠誠義務により規律されることではない。公民の基本的権利、例えば財産所有権、相続権などを各種の法典で具体的に規定し、正直者が馬鹿を見るというようなことのないようにしたほうが適当で、かかる立法をしたほうが有効であろう。
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