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LastupDate:2006/8/9
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コラム『チャイナウォール』−中国人の法意識−

 第71回 人格権の認識―おとり捜査(誘惑偵査)に対する批判

(2006年8月9日)

   今日の中国で犯罪が組織化、知能犯化し、ますます増加しているところ、この摘発に「おとり捜査」(誘惑偵査)が随分と利用されている。
   近年増加している犯罪では、とりわけ薬物事犯の増加傾向が著しい。北京市朝陽区人民検察院では1999年に1,000件以上の薬物事犯を検挙している。2004年の全国の禁止薬物吸引者は、79.1万人であった(法制日報、2006年6月26日)。
   この犯罪検挙におとり捜査が随分と使われている。桂林市のある区では、法院が受理した薬物事犯および偽造通貨製造・行使犯94件、130人のうち、81%がおとり捜査によって検挙されたという(王超「誘惑偵査的是与非」『山東公安高等専科学校学報』2002年第3期)。このような事実があるところ、おとり捜査に対する批判の声も上がっている(「評論:誘惑偵査所取証据能否採信仍有争議」法制日報、2006年6月26日)。
   おとり捜査に関して、(1)肯定説、(2)否定説、(3)有限肯定説がある。肯定説は、犯罪が多発しているところ、通常の捜査手段では摘発が難しく、多くの国でもおとり捜査が行われているから、客観的に必要であるという。否定説は、法的根拠がなく、刑法の規定からすれば違法行為ではないかという。また、すべての捜査官が善良であるわけではなく、捜査官が薬物を受け取り、これを自ら流通させるなどの不正行為が起こるのではないかとも指摘する。有限肯定説は、おとり捜査による被害者がなく、かつ重大な犯罪に対しては、適法とされる基準および手続を設け、この範囲で認めてもよいという。
   このような各説があるところ、王超は否定説に立ち、(1)一般におとり捜査には、「官本位」という文化があり、捜査権を濫用するようなことが起こり、犯罪検挙のための功利主義が生じるという弊害があり、(2)有罪を推定することであり、(3)公民の人格的自律権を侵害することになる、とその理由を述べている。
   日本でも薬物事犯でおとり捜査が用いられることがあり、この違法性をめぐっての議論がある。おとり捜査は、(1)機会提供型(犯人にそもそも犯意があり、おとり捜査においてその機会を提供する。)と、(2)犯罪誘発型(国家機関がわなを仕掛けて犯人に犯意を起こさせ、犯罪を実行させる)があり、(2)については、国家機関が犯罪を作り出し、個人の人格的自律権を犯すものであるから違法であると考えられている(最決平成16年7月12日)。
   そこで、王超の主張の注目すべき点は、官本位文化が根付いた中国で、人格的自律権という概念を持ち出していることである。一般の市民がどこまで人格的自律権なる概念を認識しているか否かは判断できないが、少なくとも知識層ではこのような概念を十分に意識し始めているということである。憲法改正などを経て、一般の市民も明確に認識はしないところ、人格的自律権を持ち始めているといえるのかもしれない。法制日報でおとり捜査に対する批判の評論が掲載されたということは、人格的自律権に対する意識の高まりではないだろうか。官本位からの自律でもあり、このような意識が生じることは民主化の推進力となる。
   犯罪は、コミュニティの喪失という状況下で生じるとも考えられる(渥美東洋『罪と罰を考える』有斐閣、1993年)。コミュニティが喪失すると犯罪の予防ができなくなり、犯罪が増加する。今、中国で和諧社会の形成がいわれるのは、コミュニティを再形成しようということでもある。

次回の更新は8月23日(水)の予定です。

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