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LastupDate:2007/7/25
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コラム『チャイナウォール』−中国人の法意識−

 第94回 侮辱に耐えられない:労働者が米国独資企業を提訴

(2007年7月25日)

   労働契約法が、2007年6月29日に第10期全国人民代表大会常務委員会第28回会議を通過し、正式に制定・公布された。この労働契約法は、2008年1月1日から施行されることになる。
   労働契約法の施行により、労務管理はさらに難しくなりそうである。その1つとして、例えば、労働契約法88条の使用者の刑事責任に関する規定をあげることができる。労働法には規定されていなかった項目が、労働契約法において加筆されている。この加筆された内容は、以下のとおりである。
   「労働者を侮辱し、体罰を課し、殴打し、不法な捜査および監禁をしたとき」

(労働契約法88条3号)
   これは、随分と曖昧な規定ではないだろうか。とりわけ“侮辱”などはどのように定義され、判断基準はどうなるのであろうか判然としない。
   2007年7月26日に天津市開発区人民法院において中国人労働者3名が米国独資企業を訴えた「特殊な権利侵害事件」の第2回審理が公開で行われた(法制日報 2007年7月8日。法制網http://www.legaldaily.com.cn/2007fycj/2007-07/08/content_656418.htm)。
   この事件は、米国独資企業の事務所および工場の内装工事を請け負った中国企業の労働者が現場で働いていたところ、米国人から絶えず「バカ、くたばっちまえ、ねずみ野郎」などと口汚くののしられることに耐え切れずに、米国独資企業を相手取って、(1)書面による謝罪、(2)精神的損害賠償1万6,000元の支払を求めて、訴えを提起しているものである(事件は2006年11月に発生。人民法院への訴えがいつなされたのかは、叙述がない。)。
   この訴えの根拠は、民法通則の権利(人格権)侵害である。この事件が発生したときには、労働契約法は未制定であり、施行も2008年1月1日からであるので、労働契約法88条を根拠に訴えの提起はできないからである。
   もっとも労働契約法草案は2005年12月に発布され、この草案において「労働者を侮辱し、体罰を課し、殴打し、不法な捜査および監禁をしたとき」には使用者に刑事責任を科すとあるので、労働者にはこの草案の条文の知識ないし意識があったとも想像される。法制日報の記者の取材を受けた中華全国総工会の民主管理部部長の郭軍は、「3人の労働者の行為は十分に肯定できる。彼らには人格の尊厳を守ろうとする意識がある。」と述べている。
   労働契約法が施行されれば、この事件の訴えの根拠は労働契約法88条となり、民法通則よりも一層具体的な訴えの根拠が与えられることになる。労働者の権利が強まることになる。このこと自体は、労働者の適法な権益が十分に保護されていなかったという現状があるので、否定されるものではない。
   ただし、外資企業にとっては労務管理のあり方をもう見直すことが肝要になるといえる。前述したとおり、「侮辱」という言葉の定義も随分と曖昧であるはずだからでもある。労使コミュニケーションをうまくとっていないと、労働者による訴えが多くならないとも限らない。社内の人事労務管理システムを再構築する必要がある。


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